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Queer Musicians.

デッド・オア・アライヴ
Dead Or Alive

公式サイト http://www.deadoralive.net/
Youthquake

Mad,Bad And Dangerous To Know

 女性のような妖艶な容貌と、男性的な骨太いヴォーカルの組み合わせが印象的な、英国リヴァプール出身のヴォーカリスト、ピート・バーンズ率いる、ダンス・ミュージック・ユニット。スタート時のメンバーは、ピート・バーンズとスティーヴ・コイ(パーカッション)、マイク・パーシー(ベース)、ティム・レヴァー(サックス、キーボード)の4人。

 インディー・レーベルから計4枚のシングルをリリースした後に、1983年にエピック・レコードからアルバム『Sophisticated Boom Boom』(邦題『美醜の館』)をリリースしてメジャー・デビュー。当初はゴス系のニュー・ウェーヴ・バンドとしてスタートした彼らは、1985年の2nd アルバム『Youthquake』で、当時はまだ無名に近かったストック/エイトケン/ウォーターマンをいち早くプロデューサーに起用し、ハイ・エナジー路線へと転向。『Youthquake』からの1st シングル「You Spin Me Round (Like A Record)」は全英のヒット・チャートで見事 No.1、全米シングル・チャートでも最高11位を記録した。この曲の大ヒットにより、ストック/エイトケン/ウォーターマンは一躍売れっ子プロデューサーとなり、デッド・オア・アライヴも人気アーティストの仲間入りを果たした。

"You Spin Me Round (Like A Record)"
ユー・スピン・ミー・ラウンド
(1985)

 人気が出た直後のピート・バーンズは、同じ女装のヴォーカリストということで、カルチャー・クラブのヴォーカリストのボーイ・ジョージと比較して語られることが多かった。しかし、この頃のボーイ・ジョージがセクシャリティについてだけは寡黙だったのに対し、ピート・バーンズは一貫して雄弁だった。彼はデビュー前から妻帯していたが、バンド・メンバーのスティーヴとも同性愛関係にあるということ、そして妻のリンとスティーヴの3人で同じ家に一緒に暮らしていることなどを、メディア上であけすけに語った。

 1986年には3rd アルバム『Mad, Bad And Dangerous To Know』(邦題『ブランド・ニュー・ラヴァー』)をリリース。この作品でも引き続き、ストック/エイトケン/ウォーターマンをプロデューサーに起用。ハイ・エナジーにロック色を加味した「Brand New Lover」(全英最高31位/全米最高15位)、「Something In My House」(全英最高12位/全米最高85位)などのヒット・シングルを生み出した。特に「Brand New Lover」は、『Billboard』誌のダンス・チャートでは9週連続 No.1を記録。クラブ・シーンでの彼らの人気の強さを見せつけた。

"Brand New Lover"
ブランド・ニュー・ラヴァー
(1986)


"Something In My House"
サムシング・イン・マイ・ハウス
(1986)

 しかし、時流に則した商業ポップスを作ろうとするストック/エイトケン/ウォーターマンに対し、あくまでハイ・エナジー路線にこだわる彼らは、結果としてストック/エイトケン/ウォーターマンとは袂を分かつこととなり、1988年の4th アルバム『Nude』では、初のセルフ・プロデュースに踏み切った。『Nude』からの1st シングル「Turn Around And Count 2 Ten」は日本のオリコン洋楽チャートで No.1を記録した。

"Turn Around And Count 2 Ten"
アンド・カウント・2・テン
(1988)

『Nude』のリリース後、マイク・パーシーとティム・レヴァーの2人が、バンドを脱退。さらに所属レコード会社との関係も悪化し、1990年の『Fan The Flame(Part 1)』は日本のみのリリース、1995年の『Nukleopatra』は本国イギリスではリリースされず、2000年の『Fragile』も日本のみのリリースとなり、1990年代はピートとスティーヴの2人にとっては不遇の時代だった。

『Nude』のジャケットでは、ピートは文字通りのヌードを披露。このあたりからピートのヴィジュアルは単なる女装の域を超え、両性具有のイメージを強めていく。その傾向にはどんどん拍車がかかり、コラーゲン注射によって唇を極端なまでに分厚く整形する一方で、ハードなトレーニングによって華奢だった肉体をたくましく作り変えるなど、近年のピート・バーンズは、性別やジェンダーはおろか、美醜の概念すらも超越したセクシャル・フリークスと化している。

 2003年、デッド・オア・アライヴはベスト・アルバム『Evolution』を発表。この作品は久しぶりに本国イギリスでもリリースされ、1990年以降のアルバムからの楽曲群は<新曲>として収録された。また、再レコーディングされた「You Spin Me Round(Like A Record)」も、全英のシングル・チャートで最高23位を記録。デッド・オア・アライヴは本国での復活を果たした。翌2004年には、ペット・ショップ・ボーイズのプロデュースによるピートのソロ・シングル「Jack & Jill Party」が発表された。

"Jack & Jill Party"
(2004)

 2006年1月、ピート・バーンズはイギリスのチャンネル4の人気番組『Celebrity Big Brother』に出演。これが契機となり、Sony BMG からリイシューされた「You Spin Me Round」が、全英シングル・チャートで初登場5位を記録。オリジナル・ヴァージョンに次ぐ大きな成功を収めた。また、その直後には、かねてから交際していたボーイフレンドのマイケル・シンプソンとの婚約をテレビの生番組で発表した。

(最終更新日:2006年2月10日)


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