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13歳のときに、ダンは兄のデイヴに請われて、ザ・レジェンズというバンドに加入、プロのミュージシャンとして出発した。元来はソウル・ミュージック指向のダンだったが、他のメンバーがロック指向だったため、レジェンズはロック寄りのバンドへと変化していった。ダンは主にキーボードを担当し、バンドの曲の大半を書いていたが、大きなヒットには繋がらなかった。
1971年、レジェンズのデモ・トラックを耳にしたエドガー・ウィンターに才能を見こまれ、ダンはレジェンズを脱退して、エドガー・ウィンター・グループにベーシストとして参加した。ここでもダンは、バンドの曲の多くを手がけ、1972年にはシングル「Free Ride」の大ヒットをバンドにもたらした。
3枚のアルバムに参加した後、ダンは1976年、ソロのシンガー・ソングライターとして独立し、ファースト・ソロ・アルバム『Images』を発表した。
ダンの最初のソロ・ヒット曲は、1978年の2nd アルバム『Instant Replay』からシングル・カットされた、タイトル曲の「Instant Replay」。弾けるように明るいディスコ・ミュージックで、全米のクラブ・チャート(後のダンス・チャート)で見事 No.1に輝いた。HOT100でも最高29位まで上昇し、ダンにとっては初のTOP40ヒットを記録、ミリオン・セラーとなった。
"Instant Replay"
インスタント・リプレイ
(1978)
1979年には、3rd アルバム『Relight My Fire』を発表。タイトル曲の「Relight My Fire」は、ブラックボックスの1989年のヒット曲「Ride On Time」や、現在は俳優として活躍しているマーク・ウォールバーグの1991年の全米 No.1ヒット「Good Vibrations」にサンプリングされて有名になった「Love Sensation」の、ロレッタ・ハロウェイとのデュエット曲。ダンにとっては2曲目の全米クラブ・チャート No.1ソングとなっている。1993年には、テイク・ザットがルルをフィーチャーして、この曲をカヴァーし、全英 No.1ヒットとしている。また、アルバム『Relight My Fire』には、エドガー・ウィンター・グループ時代のヒット曲「Free Ride」も、新たにソロ曲として収録されている。
そして、ダン・ハートマン最大のヒット曲であり、彼の名を日本の洋楽ファンのあいだにも広く知らしめることとなった名曲が、1984年の「I Can Dream About You」(邦題:「あなたを夢見て」)である。同名アルバムの収録曲であると同時に、ダイアン・レイン主演の映画『ストリート・オブ・ファイヤー』の劇中歌としても使用され、全米ヒット・チャートで最高位6位を記録する大ヒットとなった。『ストリート・オブ・ファイヤー』の本編中では、この曲はソレルズという黒人4人組のコーラス・グループが歌っているという設定になっており、この曲のヴィデオ・クリップも、劇中でのソレルズのパフォーマンス映像をそのまま使用したものと、ダン本人が出演している別ヴァージョンの2種類がある。日本では前者のヴァージョンが主にオンエアされていたため、当時の日本の洋楽ファンのあいだでは、ダン・ハートマンを黒人だと勘違いしていた人も多い。
"I Can Dream About You"
あなたを夢見て
(1984)
アルバム『I Can Dream About You』からは、他にも「We Are The Young」がシングル・ヒットした。この曲は全米で最高位25位を記録した他、ダンス・チャートでは No.1ヒットを記録。ダンにとって3曲目のNo.1ダンス・ヒットとなった。
この後、ダン・ハートマンは、他のアーティストのプロデュースや楽曲提供も多く手がけるようになった。中でも有名なのが、ジェームズ・ブラウンの1986年の大ヒット曲「Living In America」。シルヴェスター・スタローンの映画『ロッキー4』の挿入曲であり、全米最高4位を記録した。当時JBは低迷期にあったが、これが11年ぶりのヒットとなった。他にも、ティナ・ターナーやジョー・コッカー、ポール・ヤング、スティーヴ・ウィンウッドといった大物アーティストとコラボレーションを行なっている。日本のゲイ・イコンである松田聖子の初の英語アルバム『Sound Of My Heart』には、ダンが提供したゴスペル風のラヴ・バラッド「Love Is Never Over」が収録されている。さらに、元フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのホリー・ジョンソンのファースト・ソロ・アルバム『Blast』からのシングル「Atomic City」にも、ダンは共作者として名を連ねている。
しかし、1994年3月22日、ダン・ハートマンは、アルバム製作の半ばにして、HIVが原因の脳腫瘍によって、44歳という若さで、ウエストポートで亡くなった。そして、製作途上のアルバムに収録予定だった、ロレッタ・ハロウェイとのデュエット曲「Keep The Fire Burnin'」や、ジェームズ・ブラウンに提供した「Living In America」のセルフ・カヴァーなどを新曲として収録したベスト・アルバム『Keep The Fire Burnin'』が、追悼盤として同年に発売された。
ダンのトリビュート・サイトには、ダンとゆかりのあった様々なアーティストが、彼との思い出を語っている。ホリー・ジョンソンは、
「音楽産業に関する限り、彼は性的指向を少し隠していた。でも、ゲイのアーティストや仲間に対しては、もっとオープンだった。彼のHIV陽性が判明したのは、見たところ、僕と一緒に仕事をしていたころのことだった。でも、僕には教えてくれなかった。実際、僕が1991年にHIV陽性を公にしたのを聞いた後でも、彼は絶対に、教えてくれなかった。ちょっと奇妙なことだよね。」
また、ダンの近しい友人であり、オープンリー・ゲイのロック・アーティストの先駆者でもあるトム・ロビンソンは、ダンについて、次のように述べている。
「ゲイであることは大きな恥だ、と彼は苦悩していたんじゃないか、と私は危ぶんでいる。彼は若いころ、たくさんの偏見と同性愛嫌悪に苦しんだ。それが彼に傷跡を残したのは疑問の余地がない。つまり、ダンのように強烈にロマンティックな人間にとって、恋愛の営みとは――未だにどうにかして人目を忍び、隠し去らなければならない、全く尋常ではないものに感じられていた、ということなんだ。個人的には、彼の同性愛と、彼の魂の奥底にあった思慕や、切なくエロティックで感受性の強い希求の念は、彼の偉大なる才能の源だった、と確信している。」
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