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Queer Musicians.

カルチャー・クラブ
Culture Club

公式サイト http://www.culture-club.co.uk/
Colour By Numbers

Waking Up With The House On Fire

 その妖艶なメイクによって、ポップス界にデビューする前からロンドンのクラブ・シーンでは既に有名人だったボーイ・ジョージ(ヴォーカル)と、マイキー・クレイグ(ベース)、ジョン・モス(ドラムス)、ロイ・ヘイ(ギター、キーボード)の4人からなる、イギリスのポップ・ロック・バンド。

 1982年にイギリスのヴァージン・レコードからシングル「White Boy」でデビュー。最初の2枚のシングルは不発に終わったが、3枚目のシングル「Do You Really Want To Hurt Me」(邦題「君は完璧さ」)が全英シングル・チャートで1位、全米でも2位まで上昇する大ヒットとなった。

"Do You Really Want To Hurt Me"
君は完璧さ
(1982)

 以降もカルチャー・クラブは、「Time (Clock Of The Heart)」(全英4位/全米2位)「Karma Chameleon」(邦題「カーマは気まぐれ」)などの大ヒット曲を放ち、<ニュー・ロマンティック>の代表格として、当時ライバルであった人気バンド、デュラン・デュランと共に、1980年代中期の英米のヒット・チャートを席巻した。特に「Karma Chameleon」は、全英・全米ともに No.1ヒットを記録。彼らの代表曲となっただけではなく、80年代のポップス・シーンを象徴する1曲として、今日もなお親しまれている。

"Time (Clock Of The Heart)"
タイム
(1982)


"Karma Chameleon"
カーマは気まぐれ
(1983)

 また、「Karma Chameleon」を収録した彼らの2nd アルバム『Colour By Numbers』からは、この他にも「Church Of The Poison Mind」(全英2位/全米10位)「Victims」(全英3位)「It's A Miracle」(全英4位/全米13位)「Miss Me Blind」(全米5位)といった大ヒットが次々と生み出され、一時代を築き上げた。「Miss Me Blind」のヴィデオ・クリップでは、当時のボーイ・ジョージのアジア文化への傾倒が前面に出され(ただし、日本とタイとインドネシアの文化が混同されているが)、エンディングの「メラメラと燃えている」は、日本のファンのあいだでは大きな話題を呼んだ。

"Miss Me Blind"
ミス・ミー・ブラインド
(1983)

 カルチャー・クラブの音楽は、レゲエやリズム&ブルース、ファンカラティーナ(ファンクとラテンの合成語で、1980年代初期にイギリスを中心に流行した)などを、ニュー・ウェーブ系のサウンドでポップに調理し、そこにボーイ・ジョージのソウルフルなヴォーカルが乗せられた、ブルー・アイド・ソウルである。そして、その歌詞の中では、実はボーイ・ジョージとジョン・モスの恋愛劇が歌われていた。

 ジョン・モスはストレートだったが、ボーイ・ジョージと出会ってすぐに恋に落ちた(と本人自ら後年のインタヴューで語っている)。しかし、カルチャー・クラブが正式にレコード・デビューして以降、ジョンの態度は冷淡なものへと変わり、時には暴力沙汰にさえなった。ジョージは、ストレートであるジョンの愛を自分のもとに繋ぎとめておくために、ますます女性らしく振舞うようになっていく一方で、ジョンへの愛と恨みを歌詞に込め、真実を知らない大衆に向かって歌い続けた。

 1984年、カルチャー・クラブは第26回グラミー賞の最優秀新人賞を受賞し、世界のポップス・シーンの頂点に立った。だが、ジョンとの仲が修復不可能なものとなり、それでもなおジョンと共に音楽活動を続けなければならないという精神的苦痛から逃れるために、ボーイ・ジョージはヘロインに溺れるようになる。そのかどによって1986年、ボーイ・ジョージは逮捕され、カルチャー・クラブは活動を休止した。そして、事件の裁判の中で、ボーイ・ジョージは自身のゲイというセクシャリティを明らかにした。

 翌年から、ボーイ・ジョージはソロ・アーティストとして活動を再開。ソロになってからのボーイ・ジョージは、ゲイを擁護するすべての行為は違法であるとする地方自治体法案28項へのプロテスト・ソング「No Clause 28」(全英最高57位)、ペット・ショップ・ボーイズのプロデュースによる「The Crying Game」(全英最高22位/全米最高15位)、ゲイ・プライドを歌った「Same Thing In Reverse」(全英最高56位)など、ゲイ・ミュージシャンとしての姿勢を明確に示している。

"The Crying Game"
クライング・ゲーム
(1993)

 1998年、折からの80's ブームに乗って、カルチャー・クラブは再結集した。その翌年には13年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Don't Mind If I Do』もリリースし、ライヴ・ツアーも行なっている。

"I Just Wanna Be Loved"
愛をください
(1998)

 その後、再び休眠に入ったカルチャー・クラブは、2006年6月に、2度目の再結成を発表した。ただし、この再結成には、バンドの顔であったボーイ・ジョージと、ギター/キーボードのロイ・ヘイは加わっていない。替わりに、「カルチャー・クラブ第5のメンバー」とも言われていたフィル・ピケットと、一般公募によって選ばれた新ヴォーカリストのサムが、正式メンバーとして加わった。この新生カルチャー・クラブは、7月25日にロンドンの Too2Much というクラブで新ヴォーカリストのお披露目ギグを敢行した。2007年度中にライヴ・ツアーを行なう予定。

"Karma Chameleon"
(Live at "Too2Much", 2006.7.25)

(最終更新日:2006年9月17日)

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