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Text by 藤嶋貴樹
たとえオープンリー・ゲイ・ミュージシャンであっても、「ゲイ・ミュージック」というジャンルに区分されるのを是としない人は多いようです。
ゲイであることは、別に特殊なことではない。だから、セクシャリティに着目するのではなく、音楽そのものを聴いてほしい。そういうことなんだと思います。
あるいは、「ゲイという言葉は音楽用語ではないんだから、ゲイ・ミュージックなどというジャンルは成立し得ない」とか、「もしもゲイ・ミュージックというジャンルが成り立つのなら、ストレート・ミュージックというジャンルもなければおかしいのではないか」という発言も、よく耳にします。
しかし。
非・音楽用語によるジャンル区分は、クラシックや伝統音楽の世界ならともかく、ロックやポップスの世界でも成立し得ないものなのでしょうか? 本当に?
だとしたら、その理由と根拠は、いったいどのようなものなのでしょうか?
同性愛と異性愛は、いつ如何なる場合でも、常に相反するものとして考えなければいけないのでしょうか? 本当に?
だとしたら、その理由と根拠は、いったいどのようなものなのでしょうか?
J-POP の世界では、一時期「ガール・ポップ」という言葉が流行しました。この言葉は、10代〜20代の女性アーティストの音楽をひとくくりにする言葉で、具体的な音楽性を指し示すものではありませんでした。
にもかかわらず、それに声高に反発した女性アーティストは少なかった。
女性アーティストによって歌われたり演奏されたりする音楽を「ガール・ポップ」という言葉でひとくくりにするという行為は、見方によっては、公然たる女性蔑視です。
でも、当事者である女性アーティストたちからの反発は少数だった。
音楽性を無視した区分であっても、反発は少数だった。
対立項としての「ボーイ・ポップ」などというジャンルはどこにもないのに、反発は少数だった。
この事実は、女性アーティストたちの、差別に対する無知を示すものではありません。
なぜなら、「ガール・ポップ」というジャンルは女性蔑視から発生したものではなく、当の女性アーティストたちと同世代の女性たちが、自分たちのロール・モデルとして、その女性アーティストたちを強く支持したことから生まれたものだったからです。
自分の考えを自分自身の言葉で述べる、能動的な女性アーティストたちの活躍と、それを支持する同世代の女性たちの存在が、J-POP の世界に大きな影響を及ぼすようになった。
その現象の中から、「ガール・ポップ」というジャンルが生まれたのです。
それらの女性アーティストのほとんどは、「男性性の対立項としての女性性」からは離れたところで女性としての自己実現を果たしていたからこそ、逆に「ガール・ポップ」という区分にも超然としていられた。「ボーイ」に対しての「ガール」ではなく、自己実現の主体としての「ガール」であったからこそ、声高に反発することもなかった。
「ガール・ポップ」というジャンルは、確かに外側から一方的に押し付けられた、音楽性を無視したものかもしれません。しかし、それは女性性を檻の中に囲い込むための区分ではない。10代〜20代の女性たちが、J-POP の世界で活躍する女性アーティストたちの中に、自分たちのロール・モデルを見出した。その現象こそが、「ガール・ポップ」というジャンルだった。
そして。
「ゲイ・ミュージック」も、その種のジャンルとして成長していける可能性が、実はあると思うのです。
仮に、この世からすべてのゲイ差別が綺麗さっぱりとなくなり、誰一人としてゲイを特殊視する者がいなくなったとしても、決してゲイ産業はなくならないと思います。なぜなら、この世に差別があろうとなかろうと、やっぱりゲイの人たちは同じゲイの人たちとの出会いを求めるだろうから。この世からすべてのゲイ差別がなくなったとしても、やっぱりゲイバーは必要とされるし、ゲイ雑誌だって刊行され続ける。
それと同じことで、この世からゲイ差別が一切なくなったとしても、やっぱり「ゲイ・ミュージック」というジャンルは、リスナーやオーディエンスからのニーズとして、自然に発生すると思います。
「ガール・ポップ」の場合と同じように、ゲイのロール・モデルを、自分たちと同じゲイのミュージシャンの中に求めようとする考えは、ゲイ差別があろうとなかろうと、絶対に起こってくると思います。むしろ、ゲイ差別がこの世からなくなったとしたら尚のこと、「ゲイ・ミュージック」というジャンルを求めるリスナーやオーディエンスの声は、より一層大きくなるはずです。なぜなら、この世にゲイ差別などというものが存在していなければ、リスナーやオーディエンスたちは自分たちのセクシャリティを周囲に隠す必要などなくなるのだから、今よりももっと堂々と声高に、ゲイのロール・モデルをロック/ポップスの分野に求めることができるようになるはずだからです。
ゲイのロール・モデルをミュージシャンの中に求めている人の数は、決して一人や二人ではないと思います。事実、日本のゲイ・インディーズ・ミュージシャンの活躍を見てゲイ・コミュニティに足を運ぶようになった人たちは大勢いるのです。私自身、似たようなものです。
そうした人たちにとって、「ゲイ・ミュージック」というジャンルは、ゲイを特殊扱いしたものでは、断じて、ない。
それどころか、ゲイというセクシャリティが特殊ではないと教えてくれたものこそが「ゲイ・ミュージック」だったのです。
私は、「ゲイ・ミュージック」というジャンルはあると思っています。現時点での「ゲイ・ミュージック」というのは、特に日本のゲイ・インディーズの場合、自己申告によって成り立っているジャンルではあるけれど、それがやがてリスナー側からのニーズによって、かつての「ガール・ポップ」と同じ種類のジャンルになったとしたら、そのことをゲイのミュージシャンたちは歓迎していいと思うのです。
なぜなら、その区分は、自らのセクシャリティに誇りをもって音楽活動に取り組むミュージシャンたちを讃えるものだから。
そして、「ガール・ポップ」というジャンルが、様々なタイプの音楽を包含することで、女性の多分野への社会進出を象徴していたのと同じく、「ゲイ・ミュージック」もまた、様々なタイプの音楽を包含することによって、性の多様な在り方を、ゲイ・コミュニティの内と外に示していくことができるはずなのです。
「ゲイ・ミュージック」というジャンルは、確かに音楽性に基づく区分ではありません。セクシャリティに基づく区分です。だからこそ、その音楽性は多様であって構わないのです。むしろ、多様であってこそ初めて「ゲイ・ミュージック」足り得るのです。
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そして、この Queer Music Experience.というサイトを立ち上げるにあたって、私は「ゲイ・ミュージック」という言葉が示す領域を拡大するために、「クイアー・ミュージック」という呼称を、ここから先は意図的に用いていきます。
本来、「ゲイ」という言葉は同性愛者全般を指していますが、特に日本では、「ゲイ」という言葉は男性同性愛者のみを指して用いられるケースがほとんどです。そのため、「ゲイ・ミュージック」という言葉にはレズビアンやバイセクシャル、トランスセクシャルが含まれていない、と解釈する人もいるかもしれません。
欧米では、すべてのセクシャル・マイノリティーのミュージシャンを包含するために、「クイアー・ミュージック」あるいは「LGBT ミュージック」という呼称も多く使われます。このサイトも、それに倣っていこうと思います。
そして、「ゲイ・インディーズ」という言葉は、「クイアー・ミュージック」という大枠の中の、日本のゲイ・コミュニティの一定の文化領域を指し示す言葉として用いていくつもりです。
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