Index > interviews. > サマンサ・フォックス 2004年のインタヴュー
日本でも米英でもほとんど話題になっていないが、'80年代後半に「タッチ・ミー」や「ノーティ・ガールズ」が米英で大ヒットした、イギリスのセクシー・アイドル・シンガー、サマンサ・フォックスが、昨年10月、カナダのレーベルからニュー・アルバム『Angel With An Attitude』をリリースしている。
サマンサは、彼女の女性マネージャー、マイラ・ストラットンとの交際を明らかにしているが、だからといって自分がレズビアンであることにはならない、と2002年、イギリスの『Mirror』紙のインタヴューで語っている。
今回紹介するのは、同じく『Mirror』紙の、2004年夏のインタヴューの、全文翻訳。
内容は、昨年発売されたニュー・アルバムとは特に関連はなく、セクシャリティについての話題が中心。
このインタヴューの中でも、彼女は自分がレズビアンと呼ばれることには反発しているのだが、ビアンのレズ嫌いというのとは、微妙に違うように思う。
彼女は、レッテルを貼られたり、固定観念の中に押し込められることをこそ、厭うているのだろう。
また、ビアンのアイドル・シンガーの先人、ダスティ・スプリングフィールドへの大いなる憧憬や、ロール・モデルとしてのマドンナへの敬意、同世代であるカイリー・ミノーグへのエールなど、なかなか面白い内容となっている。
以下、インタヴューの翻訳。
隣のお姉さん風の可愛い顔を縁どる、ブロンドのロング・ヘアー。尻たぶの下でわざとらしく裂かれた、ピチピチのジーンズ。そしてもちろん、当然のように有名になったDカップのバストは、100%本物。曲は、「タッチ・ミー」「パンツ・ステイ・オン」があった。「ノーティ・ガールズ」も忘れてはいけない。こうした性的アベイラビリティーの主題を強調していたのは、胸をゆすったり、腰を振ったり、ひざまづいたり四つん這いになったり、悶えたりといったパフォーマンス・スタイル。
以上すべてを一括りにして考えてみると、'80年代のポップ・プリンセス、サマンサ・フォックスがレズビアンだったと気づいていた人など、はたしていたのだろうか。いったいどうやって、彼女は人々のゲイ探知能力をかいくぐってきたのだろうか。サム(今の彼女はこう呼んでほしいそうだ)は、彼女のロンドンの自宅で『ミラー』に答えてくれたが、秘密を打ち明けてはくれなかった。それでも彼女は、ステレオタイプへの挑戦と、ダスティ・スプリングフィールドとのチャネリングを語ってくれた。
ミラー(以下、M):あなたは最近、ロンドンのゲイ・プライドに出演しましたよね。ゲイのファンを開拓しようとしているんですか?
サム・フォックス(以下、SF):私にはいつだって、すごいたくさんのゲイのオーディエンスがいたわ。でも、去年のマンチェスターまでは、ゲイ・プライド・イベントのパフォーマンスに呼ばれたことは一度もなかったの。ずっとやりたいと思い続けてたわ。私にはゲイのファンがたくさんいるから。
M:ゲイのオーディエンスには特別な絆を感じているんですか?
SF:ゲイの男の人は、ディーヴァが好きなんでしょ? 強い女が大好きなのよ。それに、私の音楽はすごく楽しいでしょ? とても前向き。初めてカムアウトすると、みんなそうなるの。クラブに通うようになって、ダンスして、何年も隠し続けてきたものを大騒ぎしてお祝いするようになるのよ。
M:ゲイ・プライドはあなたにとってどのような意味がありますか?
SF:ゲイであり、その事実に誇りを持っている人たち。誠実よね。カミングアウトして、それに誇りを持ってる。
M:「私は女性を愛しているけれどレズビアンではない」というあなたの発言を最近読んだのですが、どうか説明をお願いします。
SF:そんなふうには言ってないわ。でも、レッテルを貼られたくないっていうのは本当。この4年間、私は女性と付き合ってきたけど、それより前は、たくさん男と関係があったもの。私が初めてマイラと付き合い出してから、誰もが私にレッテルを貼りたがったわ。「サム・フォックス、レズビアン」ってね。私にわかってるのは、マイラと恋に落ちたってことだけ。マイラはたまたま女性で、私は人生で初めて、本当に、本当に、恋に落ちたの。男といても、私はいつだって、輝く鎧に身を包んだ、私の王子様に出会えるのを待っていたの。でも、そんなことは全然起こらなかった。そうしたらマイラに出会ったのよ。彼女こそ、輝く鎧に身を包んだ、私のお姫様だったのよ!
M:クイアーのロール・モデルであることに、何かプレッシャーは感じていますか?
SF:私みたいにすごい有名人になると――世界中でサム・フォックスを知らない国はないし――認めなくちゃいけないわね、うん、そう、私はロール・モデルなんだと思うわ。若い娘たちから、たくさんeメールをもらってるの。私のおかげで、もうカムアウトは怖くないって。彼女たちは「サムを見てよ」って親に言ってるの。「彼女はへいちゃらでしょ、ハッピーでしょ」ってね。
ゲイの人たちには、エンタテインメント分野のロール・モデルが、明らかにもっと必要よ。音楽業界だとたくさんの人たちが――男の人なんかは特に――カムアウトを怖がってるわ。レコード会社は、セールスが台無しになるって考えてるのよ。
M:人々は――特にレズビアンは――あなたがレズビアンだとはなかなか信じられません。というのも、あなたのイメージは隈なくヘテロセクシャル的だからです。
SF:そりゃお気の毒さまね! 私は髪を短くするつもりはないわよ。そんなのステレオタイプじゃない。同性愛者の人たちは、自分たちがいったいどういうふうに見えてるのか、わかってるのかしら?
M:男に人生をメチャクチャにされたから、あなたは「レズビアンに転向」したのだとする、不穏当な記事を見かけましたが。
SF:ノー、ノー、ノー! 出会った男に人生を台無しにされた女の人が、いったいどれくらいの数でいると思ってるのよ? 何、みんな同性愛者になるっていうの? バッカバカしい! いい、私は男の人たちとも素晴らしいラヴ・アフェアがあったのよ。KISSのポール・スタンレーとは2年間、素敵なお付き合いをしたわ。でも、残りの人生を彼と一緒に過ごしたいとは一度も思わなかった――他のどんな男の人ともね――結婚したいとは思わなかったのよ。それに、私はずっと、女の人に魅力を感じてたの。11歳のころは、『バイオニック・ジェミー』(註:1976年から1978年にかけて放映された、アメリカの連続TVドラマ)に夢中だったわ。
M:リンゼイ・ワグナーですか?(註:『バイオニック・ジェミー』の主演女優)
SF:リンゼイ・ワグナーよ! 一目見て「ああっ!」って思ったわ。
M:あなたは以前、ダスティ・スプリングフィールドの「二人だけのデート」をカヴァーしましたよね?(註:サマンサの3rdアルバム『赤い誘惑』に収録。全米最高31位) レズビアンのポップ・アイドルとして、あなたはダスティの経験から多くを学んだのでしょうか?
SF:彼女には一度も会ったことがないの。でも、彼女を聴きながら大きくなったわ。私のママが大ファンなの。私は彼女の声が大好きだった。彼女は完璧に過小評価されてるわ。払われるべき敬意を、全く払われていない。亡くなったときでさえ、それを報じた新聞はほとんどなかったのよ。
イギリスのプレスは、彼女に酷かったわ! だから彼女はアメリカに移り住んだのよ。あとはすべてが悪くなる一方だった。家族やルーツを捨ててしまったからよ。それもこれも、彼女が同性愛者だったから――'60年代によ! それがいったいどういうことだったのか、私には想像もつかないわ。でも、きっと、彼女は今、私を見守ってくれているはずよ。「さあ、それいけ!」ってね。
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何ヶ月か前、『Stars in Their Eyes』っていうイギリスのTVショウに出たの。有名人が、自分のアイドルのような衣装を着て歌うのよ。私は「この胸のときめきを」(註:ダスティ・スプリングフィールドの代表曲)を歌ったわ。ママが客席にいて、私はママに歌を捧げたの――とっても感動的だった。次の日は、どこへ行ってもゲイの男の人たちがあとからあとからやってきて、私がどんなに輝いてたかを話していったものよ。
M:ビーハイヴに結ったんですか?(註:ミツバチの巣の形のように円錐形に結った髪型。全盛期のダスティのトレードマーク)
SF:あれって重いのね! リハーサルから結い続けてもらってたんだけど、どんどんどんどん大きくなっていくんだもの!
"You Don't Have To Say You Love Me"
(from the TV Show "Stars In Their Eyes", 2003)
M:あなたの最初のビッグ・ヒット「タッチ・ミー」のリリース時に戻りますが、そのころは19歳でしたよね? セクシャリティには自覚があったはずです。我々のほとんどが考えているのとは別の意味で。
SF:私は、自分の知らないことは何一つ歌ってなかったわ。いつでも私はすごいセクシャルだったけど、ベタついてたとは思わない。生意気そうに微笑んで、「あんまりマジに取らないでね、オーケー?」みたいな。それがあんなにも大きなうねりを巻き起こしたのよ! あれはガール・パワーの始まりだった。女の子たちは変化を求めて声を上げたのよ。マドンナみたいにね。彼女は、たくさんの女性にとっての偉大なロール・モデルだわ。私もそのうちの一人なんだって思うのは素敵よね。
M:ここ数年で最も大きなカムバック劇は、カイリー・ミノーグで間違いないでしょう。あなたがた2人は、ほぼピッタリ同世代ですよね。彼女に起こったことを見ていて、「私がそうなるはずだった」と思いましたか?
SF:いいえ。まだ私の番じゃないわ。アルバムは製作途中だし、出来上がっていないものを出すつもりもないし、そんなことをしたって楽しくないし。アルバムが準備できたら、たぶんそれが私のカムバックの時なんだろうけど、誰にわかるっていうのよ? でも、彼女のことはとっても喜ばしいわ。彼女は同い年だけど、どこをとってもすごくイイ感じよね。私は時々、38歳でいまだにポップ・スターでいてもいいのかって感じてしまうの。そんなときはカイリーを見るのよ。
M:最後の質問です。あなたはもうすぐ40歳になりますね。そのときあなたは何をしていると自分では思いますか?
SF:たぶん、またアルバムを作ってると思うわ。まだまだロックのひよっ子だもの。そうは思わない? ティナ・ターナーを見てみてよ。
原文はこちら。
Japanese Text and Translated by Takaki Fujishima
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